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鬼来迎
 虫生の鬼来迎保存会によって伝承され、毎年8月16日に広済寺の施餓鬼会の後で演じられる仏教劇です。昭和51年に国の重要無形民俗文化財に指定され、内容は因果応報、勧善懲悪の理法を説く次の七段から成っています。

1.大序 /  2.和尚道行 /  3.墓参 /  4.和尚物語 /  5.賽の河原 /  6.釜入れ /  7.死出の山

 これらのうち、2~4は広済寺建立の縁起譚であり、ほかの段と趣きがちがうことから後に付加されたものとみられています。
 劇中に出てくる石屋和尚は曹洞宗の僧、貞和元年(1345)薩摩国(今の鹿児島県)に生まれ、応永30年(1423)に入寂した実在の人物ですが、椎名安芸守は石屋より百二、三十年後代の人といわれています。

1.大序(だいじょ)
 場は地獄の閻魔(えんま)の裁き所。閻魔大王(えんまだいおう)、倶生神(ぐしょうじん)、鬼婆(おにばば)、黒鬼(くろおに)・赤鬼(あかおに)が次々と登場し、亡者の生前の罪を判じる。「娑婆国中(しゃばこくちゅう)の大悪人」と判が下ると、鬼たちが亡者を連れ去る。

2.和尚道行(おしょうみちゆき)
 虫生の里のとある辻堂。夜道に迷った石屋和尚が、「妙西信女」(みょうさいしんにょ)という名のまだ新しい墓に気づく。そこで和尚は、鬼が娘の亡者を鉄棒で責める様を見るが、夜明けとともに鬼も娘もかき消える。

※この段は現在上演されていません。

3.墓参(ぼさん)
 娘の父母である椎名安芸守(しいなあきのかみ)と顔世(かおよ)が、家来を従えて墓参りに訪れる。「折入って御話申したし」と言う和尚を、夫妻は屋敷へ伴う。

※この段は現在上演されていません。

4.和尚物語(おしょうものがたり)
 和尚は娘の苦しむ様を語り、安芸守夫妻はその夜を辻堂で過ごす。地獄での娘の姿を見て嘆き悲しんだ夫妻は、娘の成仏と、娘を地獄に落とした自らの罪の消滅を祈り、和尚の教えに従って広西寺(広済寺)の建立を約束する。

5.賽の河原(さいのかわら)
 子供の亡者たちが石を積んで遊んでいるところへ、黒鬼・赤鬼が出てきて捕らえようとする。そこへ地蔵菩薩(じぞうぼさつ)が現れ、鬼を打ち払って亡者たちを救い出す。

6.釜入れ(かまいれ)
 場面は一転し、地獄の釜ゆでの場。逃げ惑う亡者を鬼婆が釜に投げ入れ、鬼たちとともに火を煽ぎ薪をくべる。「首でも切って食らおうか」と、鬼たちが亡者を吊し上げて退場。

7.死出の山(しでのやま)
 亡者は鬼たちに、火が飛び出す椀を持たされ、死出の山へ追い上げられた末、大石で押しつぶされ、下へ突き落とされる。口から血を流して苦しむ亡者。そこへ観音菩薩(かんのんぼさつ)が現れて、亡者を救い鬼と問答を交わして悠々と退場する。鬼はくやしがって亡者の卒塔婆を抜き取り、「さては成仏いたせしか」とそれを投げ捨て怒号を発する。

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